会社概要

ごあいさつ

代表取締役 松田 末作

代表取締役 松田 末作

 多くの人々の志のもと、ここに竣工することができ、心から感謝しています。

 この地は1500年程前、敏達天皇、皇太子、春日皇様が城を造り聖徳太子様と共に、世を治められたと歴史が語るとおり誇り高き丘です。広大な自然の山々をバッファゾーンに、三万m2近くに及ぶこの地域に、愛の大きな樹を育てようと情熱を燃やしています。
 福祉施設を志し、時代の困難と苦悩に挑戦し、進化を果たすのが私の使命だと確信しています。“寛大な徳の精神こそ”が時代を救い、平和を創造するのだと。この信念に向かって前進あるのみ・・・。昼も夜も働きます。苦労もあります。美しい感動もあります。
 次の日に明るい気持ちで大地を踏みしめ、日々待ち続けている人々に魂の創造した贈り物を贈り続けたいと・・・。
 次のチャレンジ保育所づくりに進みます。

三松という地名のいわれ

昭和60年3月30日発行の「奈良市史 社寺編」によると、「現在七条町にある三松寺は、もとこの地にあった。
三松の古い集落のすぐ東南に、畑地になっているところがその跡である。
シャカンド(釈迦堂か)・鐘塚(鐘つき堂か)などの小字を伝えていて、その中心は少し高くなって畑のまま残っている。
近くのウランドから細かい布目の平瓦が検出されている。

三松寺がここにあったころの晩年は、尼寺で細々と過ごしていたといわれているが、江戸時代の終わりごろに七条に移っていった。」と書かれています。
また、昭和54年4月15日発行の山田熊夫著「奈良町風土記 続編」によると、「富雄三松町、富雄三松ヶ丘」の項には、「この町に古く行基菩薩に帰依していた真恵宗寂大師の創建した三松寺という寺があった。平安時代南都十五寺の1つに数えられていたと伝えている。現在その寺跡と呼ばれているところを残している。
富雄三松町名はこの寺にちなんで町名となったと思われる。

農家を主とした集落であったが、最近では近代的な住宅がたちならぶようになり、昭和52年2月富雄三松町の一部を通称町名 富雄三松ヶ丘として誕生した。」と書かれています。
また「奈良市史 社寺編」の三松寺のところには、三松寺の創建に関して、次のように、上記「奈良町風土記 続編」とは違う記載がされています。
「明治12年(1879年)の寺院明細帳に、宝暦9年(1759年)創立、旧郡山城主本多能登守忠常その臣松下将監死す、後正徳五未年(1715年)将監及び妻月桂尼のため、添下郡鳥見谷二名村にあるこの寺の名を移し当寺を建立したとある。
また、同寺蔵の天明3年(1783年)支源和尚棟札等によれば、当地はもと松下将監平憲が郡山藩主本多忠常から賜ったもので、将監の没後、その妻於十が夫とその亡妾艶女をあわせ供養するために、鳥見谷二名村の三松寺の名をとり一寺を建立し、総州東昌禅寺の大震致和尚を迎えて本寺の開山とした。
また自らも剃髪、貞祥院月圭元明尼と称し、享保10年(1725年)入寂した旨が記してある。」
また同書に、「三松寺の名称の起源である鳥見谷二名村の三松寺は早く廃寺となり」と書かれているほか、三松廃寺として他に四ヵ所の地名を挙げています。

二名という地名のいわれ

「富雄町史」には、鳥見邑が、鳥見郷となり、鳥見庄とかわり、さらに鳥見庄が上・中・下と3つに分かれて、上鳥見庄が二名庄という名前で使用されていったと書かれています。
二名という地名のいわれについては、
1.一つの荘園が二つの名田(荘園の所有者が管理をその地方の有力者に一任し、その管理を任された有力者がその土地に自分の名前を付けたもの)になったからついたという説
2.二名という名前の名田から、そうなったという説
の2つの説があります。
どちらにせよ、二名庄の名がつけられたのが地名となり、のち、二名村となったと言われています。
これとは別に、小野家の家系図の中の春日皇子のところに、
「二名というわけは、この所に上小野波利原・下小野ノはり原という名称二ヶ所あるゆえなり」と書かれていることから、二名は上小野波利原・下小野ノはり原という二つの名があるところから二名というようになったとも言われています。富雄町の人々はこの考え方を伝承として伝えているこのことです。

鳥見という地名のいわれ

(「奈良町風土記 続編」の記載を要約すると)
日本書紀に、神武天皇の皇軍が長髄彦(ながすねひこ)との戦いのときに、忽然として空が曇り、氷雨が降り、金色の鵄が飛んできて、天皇の弓の弭(ゆはず)にとまりましたが、その金色の光のために長髄彦の軍は戦うことができなくなりました。
皇軍が鵄の瑞祥を得るに及んで、鵄邑(とびむら)と名づけられました。それがなまって鳥見となりました。
つまり、鳥見というのは、この金の鵄から名づけられたものであるという説があります。

市杵嶋神社について

「奈良市史 社寺編」の市杵嶋神社のところには、
「明治43年(1910年)4月13日に、三松の村社 市杵嶋神社及び境内社2社を本社の杵築神社に合併を願い出、同年4月28日に合祀済届出がなされた。
明治12年(1879年)の神社明細帳に、もとの市杵嶋神社について、次のように記録されている。
祭神  市杵嶋姫命 本殿桁行四尺 梁行三尺
境内社 素戔鳴神社 祭神 素戔鳴命 天忍穂耳命
大山祇神社 祭神 大山祇命 社殿桁行二尺五寸 梁行二尺五寸
拝殿 桁行五間三尺 梁行一間三尺
祝詞舎 桁行十二尺 梁行十尺
休憩所 桁行四間三尺 梁行二間
境内坪数 百七十坪
現在もと神社のあった所は、集落のすぐ西にあって樹木に覆われて残っている。」と書かれています。

杵築神社について

「奈良市史 社寺編」の杵築神社のところにも、三松の地名が出てきます。
「この神社は、古くから牛頭(ごず)天王社と呼ばれていたが、明治43年(1910年)4月に、二名町三松にあった市杵嶋神社(市杵嶋姫命)と、同社境内社(素戔鳴命・天忍穂耳命)と大山祇神社(大山祇命)を合併して、それぞれ祭神を増加した。素戔鳴神社の祭神は本社の神と合祀した。
杵築神社略記によると、敏達天皇の皇子春日皇子が用明天皇2年(587年)に、聖徳太子に従って大連物部守屋を滅ぼした功によって、富雄一円を頂戴し、その領分の内の平野の枝郷小野の里、春日に居住された。
その後、皇子のために母方の祖神素戔鳴神を平野にまつり、祭神としたのが杵築神社の起こりで、以来春日皇子の子孫小野氏が代々これを奉祀している、と記されている。
神社には宮座が四座ある。
本座(平野)・北座(城・春日・湯屋谷)・三松座(三松)・中座から成っていて、参籠所は「杵築神社各座」の大きい建物が完成している。」と書かれています。

敏達天皇について

杵築神社略記に出てくる敏達天皇は、第30代の天皇で、欽明天皇の後を受けて、西暦572年4月3日に即位し、585年8月15日まで在位しました。
子供がたくさんありますが、春日臣仲君の娘との間に、難波皇子(橘氏の祖先)、春日皇子(小野氏の祖先)などの子が生まれました。
在位中、仏教を広めようとする蘇我氏と、それに反対する神道派の物部氏との争いが激化しました。
蘇我馬子が仏教を広めようと行動した矢先に疫病が発生し、国内が大いに乱れたので、物部守屋がそれを攻撃し、天皇に仏教禁止令を出させたため、仏教が危機的な状況におちいりました。
しかし、敏達天皇が蘇我馬子に対して、個人的な信仰ならということで仏教を許したため、仏教は命脈を保つことができました。
敏達天皇はこのように仏教派と神道派のバランスをとってきました。
ところが、敏達天皇が48歳で亡くなると同時に、仏教派と神道派の争いが先鋭化しました。
次の天皇には、仏教信者であり、蘇我氏の血を引く用明天皇がつくことで、蘇我氏の優位は決定的となりました。そして、西暦587年7月、ついに両者が激突して戦争になり、物部守屋が殺され、蘇我氏の勝利に終わりました。

春日天皇について

敏達天皇と春日臣仲君の娘の老名子(おみなご)の間には、難波皇子、春日皇子、桑田皇女、大派皇子の三男一女が生まれました。
春日皇子は、難波皇子とともに、蘇我・物部の戦いに、若き日の聖徳太子とともに、蘇我氏側として参戦しました。
杵築神社略記には、その功によって、春日皇子は富雄一円を頂戴し、その領分の内の平野の枝郷小野の里、春日に居住されたと書かれています。

市杵嶋姫命(いちきしまひめみこと)について

三松にあった市杵嶋神社にまつられていて、現在は杵築神社にまつられている市杵嶋姫命は、天照大神が弟の素戔鳴命と誓約を交わしたときに、スサノオの長剣から誕生した神様で、天孫降臨の際に、同行しています。
筑紫の宗像神社にまつられています。その神社にまつられている三女神のうち、最も親しまれています。
さらに名前がなまって、「いつくしま」と呼ばれ、広島県の厳島神社ほかでも広くまつられています。
神仏習合の過程で、弁財天となり、水の神、農業の神、芸能の神、財福の神とされ、一層広く信仰されました。
市杵嶋神社、厳島神社という名前の神社も、全国各地に広く存在しています。

会社情報

会社名 株式会社 春日苑
運営施設名 介護付有料老人ホーム春日苑(かすがえん)
施設案内 〒631-0074 奈良市三松3丁目4−11(近鉄奈良線富雄駅より徒歩15分)
会社設立 平成16年8月
資本金 1,000万円
役員 代表取締役 松田 末作
取締役 松田 重子
取締役 西垣内 義博
監査役 松田 由佳
総職員数 50人

採用情報

諸条件

    諸手当 資格手当、扶養手当、住宅手当
    昇給 年1回 (8月)
    賞与 年2回(7月・12月)
    交通費 上限25,000円
    休日 年間105日
    休暇 年次有給休暇、特別休暇
    保険 健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険
    福利厚生 制服貸与、退職金制度
    勤務地 奈良市三松3丁目4-11

    ◎採用について詳しくは採用担当者までお問い合わせください。(TEL:0742-45-8834)
お問い合わせ・資料請求 0120-458-835 年中無休10:00〜17:00

介護付有料老人ホーム
春日苑(かすがえん)

〒631-0074 奈良市三松3丁目4-11
TEL:0742-45-8834 FAX:0742-45-8824
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